弁護士中山の「私の一冊」

いつか,こうへい (2010.7.26)

つかこうへい 「蒲田行進曲」 角川文庫

 

  2010年7月10日,異端の劇作家つかこうへいさんが逝く。62歳,覚悟の肺癌死だったようです。この年1月1日には遺書を残していました。曰く,「思えば恥の多い人生でした。先に逝くものは,後に残る人を煩わせてはならないと思っています。私には信仰する宗教もありませんし・・・娘に日本と韓国の間,対馬海峡あたりで散骨してもらおうと思っています・・・」。私も斯くありたいと思います。ゆかりの多くの人たちは,その早過ぎる死を悼みました。彼は,在日韓国人の2世として福岡県の筑豊地方に生まれ,それなりの差別を受けて育ちました。彼の作風の根底には,この差別感情が根ざしていたのではないかと指摘する人もいます。慶大時代にアングラ劇に熱中しすぎて中退。74年,25歳にして「熱海殺人事件」で岸田国士戯曲賞を,当時,最年少で受賞。自ら劇団を作り,登り詰め,そのまんま最後まで走り続けてきました。彼の作品で共通するのは,劇作家ですから,もともと舞台で演じることを前提として書かれているということです。ですから小説も台詞中心で構成されます。これがなんと奇想天外な台詞の数々です。繰り出される台詞は,「えっ,こんなのあり得ない」とまでに,アップテンポで,ギャグ的で,過激で,シニカルです。「デブ」「ブス」「ハゲ」はもちろん極めつけは,「おまえら貧乏人のくせしやがって生意気だぞ」などの差別的な台詞もお構いなしです。そしていつのまにか観るもの,読むものに情を感じさせ,引き込んでいくのです。もちろん,本作品「蒲田行進曲」でも,それは遺憾なく発揮されています。ちなみに「蒲田行進曲」とは,「♪虹の都♪光の港♪キネマの天地・・・♪」でおなじみの映画会社松竹キネマ蒲田撮影所の所歌のことです。本ストーリーは,実話をもとに彼なりに大きく脚色して,舞台脚本に仕上げました。80年,「劇団つかこうへい事務所」により紀伊国屋ホールにて初演,好評でした。翌年,小説化,1頁2段でわずか110頁です。小説が82年直木賞を受賞するとともに映画化。前評判は良くなかったといいますが,これに反して,当時の日本アカデミー賞をはじめ,映画各賞を総なめにしました。私も大学生のとき,小説のことは知らずに映画から観ました。おもしろくて何度も腹を抱えて笑い,切なくて涙しました。ビデオを借りてダビングして10回以上は観ました。変な主役の風間杜夫の銀ちゃんと,脇を固める平田満のヤスのコンビが絶妙ではまりきっていて,この役はこの人たちしかいないと思い込んだものでした。二人はこの映画でブレイクしたのです。こうして彼の潜在的なファンになっていた私は,新刊が出るたびに買っており,さらに,数年前,「つかこうへい傑作選一~七」(メディアファクトリー)を全巻購入して一気に読みました。

  さて,作品紹介です。物語の舞台は,京都東映撮影所です。時代劇映画「新撰組」で主演土方歳三を演じることとなった銀ちゃんこと倉岡銀四郎。初めての主役だ。そして人情厚い銀ちゃんを,誰よりも慕う大部屋俳優ヤス。この映画でも大部屋として斬られ役をやることに。常日頃,銀ちゃんから殴る蹴るの暴行を受けて,そのストレスのはけ口となり,銀ちゃんのためなら人殺しでもしかねないヤス。大部屋の仕事は,単なる通行人から斬られ役,殴られ役,スタントなしの体当たり役。2階の屋根から滑り落ちて5000円,谷に転がり落ちて1万円,燃えてる車から火だるまになって転がり出て3万円てな具合だ。そんなヤスは,映画で銀ちゃんの脇を固めるときは,銀ちゃんにふりではなく思いっきり殴られたり,チャンバラでは,竹光ではなく真剣を使ってもらったりと銀ちゃんの演技のためなら何でもする。

  ところで,「新撰組」といえば「池田屋」の「階段落ち」だ。土方から斬られ,心半ばにして死んでいく勤王の志士として,高さ10m以上の巨大な階段から「ギャーッ」という叫びとともに,血しぶきを上げ,ゴムまりのように転げ落ちて行くシーンだ。5年前の「新撰組血風録」の「階段落ち」ではこの役をやった人がまだ半身不随で入院しているという危険な役。警察からストップがかかり,会社はこのシーンを中止するという。このことを知り,自分の華がなくなったと嘆き,周囲にあたる銀ちゃん。ところが,ヤスは大好きな銀ちゃんのために,命を賭けてこの役を引き受けることに。

  銀ちゃんの子を妊娠した往年の人気女優小夏。銀ちゃんはスキャンダルを隠すため,ある日,ヤスのぼろアパートに嫌がる小夏を連れて訪れ,小夏とヤスを結婚させて,ヤスに子の親を引き受けさせようともくろむ。だが,実は銀ちゃんには若くて可愛い新しい恋人朋子が出来たことが,この押しつけ結婚の真相だった。このことを知ってか知らずか,快く引き受けるヤス。ヤスは,小夏との新しい生活のために危険な仕事を増やし,稼ぎ,毎日のように新しい家具を増やしていく。ヤスはヤスで小夏のデビュー当時からの大ファンだったのだ。ヤスのことを毛嫌いしていた小夏も次第にヤスの気持ちに打たれ,これに応えようとするが・・・。ついにヤスは人吉の実家に小夏を連れて凱旋。本当に結婚することに。一方,朋子と別れ,小夏との逆転結婚を企てる銀ちゃん。他方,映画撮りは次第にクライマックスへ。迫り来る「階段落ち」収録の日。折しも当日,小夏が産気づいてしまう。ヤスの命は如何に・・・。

  笑いあり,涙ありのいつものつか作品です。映画を観ておられない方には,まずは原作を楽しんで頂いた上で,映画を観て頂ければ幸いです。本当に原作がそのまま映画になったという感想です。

  冒頭の「いつか,こうへい(公平)」は,差別のない社会に向けて,その文字どおりの意味を込めて付けられたのだと言われています。

  なお,宝塚歌劇団雪組娘役トップの愛原実花さんは,つかさんの愛娘さんです。この9月に引退することが発表されましたが,つかさんの病気とは無関係だと言われており,父の死の報に接しても舞台は気丈に務めました(了)。

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