弁護士中山の「私の一冊」

あなたにとって「眠り」とは? (2010.12.27)

村上春樹 「ねむり」 新潮社

 

 

  かのナポレオンは1日に3時間しか眠らなかったいわれています。ごく普通の人の平均的な睡眠時間は8時間くらいです。1日の3分の1を占めるわけですから,人生80年とすれば,何と24年間も眠ることになります。睡眠は,物理的な肉体の休息はもちろん大脳が休息するための大切な時間です。脳が眠りに入ると成長ホルモンが分泌して,細胞の新陳代謝を促し,傷ついたり疲労した皮膚,筋肉や骨を修復する働きがあるのです。「寝る子は育つ」といわれる所以です。希に,ハードな仕事をしていて「3日間ずっと寝てない」とか,数ヶ月間平均して「1日3時間も寝てない」とかいう人がいますが自慢にはなりません。違法なドラッグなら別でしょうが,人は十分な眠りが確保できないと,集中力,記憶力,思考力が低下して日常生活のあらゆる局面において判断ミスが生じる大きな要因ともなります。1986年,7名の宇宙飛行士が搭乗したスペースシャトル・チャレンジャーが発射73秒後に爆発した事故原因が,不眠不休の仕事で注意力散漫だったスタッフの整備不良の見逃しにあったことは有名です。一方,ナチスドイツの拷問方法として,何日間も眠らせないという方法(いずれ死に至ります)が採られていたことも驚きです。人間にとって睡眠はとても大事なんですね。 私も加齢とともに眠りたい時に眠れないという日が多くあります。お酒を飲めば寝付きはよくなるのですが,寝入っても1,2時間くらいで目が覚めてしまうという繰り返しで,いつの間にか朝を迎え,そんな日はいい1日のスタートを切れません。寝入ってすぐに目が覚めても,そのまま起きていればいずれ眠くなるのですが,それから寝ていては仕事になりません。なので,まとまった睡眠をとりたい時に睡眠導入剤に頼ることもあります。いずれにしろ,普段は規則正しい生活を心がけています。飲み会がなければ夜9時10時にはベットに入り,本でも読みながら眠りを誘い,朝3時から5時には起きて自宅で一仕事します。そして7時にはジムに行き,筋トレと有酸素運動に大いに汗を流して9時半に出勤です。おかげで筋肉と体力はつきました。

  今回のオススメは,ここ数年,ノーベル文学賞候補と噂されているかの有名な村上春樹さんです。1949年京都生まれで,早稲田の第一文学部演劇科に進んでいます。在学中にジャズにのめり込み,24歳にして学生結婚した細君とともにジャズ喫茶を開きました。79年30歳にして,店の経営の傍ら書いた「風の歌を聴け」で文壇デビューです。最近の「IQ84 Book1~3」はもちろん,87年発表の「ノルウェイの森」は余りにも有名ですね。ノルウェイは上下巻でなんと430万部も売れたそうです。彼は,国語の先生を両親に持ち,少年時代から読書漬けの毎日で,書店ではつけがゆるされていたほどだったそうです。彼は作家専業となった30代半ば,小説を集中して書く体力を維持するために,禁煙して体を鍛えるようになり,マラソン,水泳を続け,最近ではトライアスロンにまで参加しているそうです。生活はとても健康的で,毎朝4時5時に起床して日が暮れたら仕事はせずに,夜は9時過ぎには眠るそうです。なんかライフスタイルだけでも私と少し似ていて嬉しくなりました。

  冗談なんでしょうが,村上春樹さんと村上龍さんとを間違える人がいますが,龍さんの方が3つ年下で,彼は,春樹さんよりも3年前に24歳でいきなり,あの「限りなく透明に近いブルー」でデビューして芥川賞を取っています。龍さんは武蔵野美大中退ですが,学生時代に春樹さんのジャズ喫茶に通っていたという逸話があります。たぶん知り合っていたことは確かですよね。

  作品です。「眠り」は1989年,作者がローマのバチカン近くのアパートで暮らしていたときに,一気に書き上げられた短編もので,当初,当地のイラストレーターによる挿し絵つきのドイツ語版として発刊されました。あれから20年の時を経て,本作品は,作者自ら大幅に手を入れてバージョンアップ,当時の挿し絵はそのままに「ねむり」として刊行されたものです。本はハードカバーで挿し絵,あとがきまで含めて93頁,私は一気に2回読んでみました。

「眠れなくなって十七日めになる。」
  ここから物語ははじまります。ある夜突然,実在しないぴたりとした黒い服を着た,痩せた老人によってもたらされた金縛り体験をきっかけに,それは起こります。平凡な30歳の主婦の眠りのない十七日間がはじまったのです。その非日常的な体験は訥々と語られていきます。

  以下,私には印象的だった抜粋です。
「十七回の昼と,十七回の夜。とても長い時間だ。眠りというものがどういうものであったか,今ではそれさえうまく思い出せない。」 「目を閉じてみた・・・そこには覚醒した暗闇が存在するだけだ。覚醒した暗闇・・・それは私に死を想起させた。」 「・・・眠りというものをいわば死の原型として捉えていた。つまり眠りの延長線上にあるものとして,死を想定していたのだ。死とは要するに普通の眠りよりはずっと深く意識のない眠り,永遠の休息,ブラックアウトなのだ。・・・死とは,眠りなんかとは全く違った種類の状況なのかも知れない・・・それはあるいは私が今見ているような果てしなく深い,覚醒した暗闇であるのかも知れない。死とはそういう暗黒の中で永遠に覚醒しつづけていることであるかも知れない。」
「でもそれじゃあまりにひどすぎる,と私は思う。もし死という状況が休息でないとしたら,我々のこの疲弊に満ちた不完全な生にいったいどんな救いがあるというのか?・・・それは死んでみなければわからないのだ。・・・そう思うと私はとつぜん激しい恐怖に襲われた。背筋が凍りついて,固くこわばってしまうような感じがした。」
 上のフレーズを読んだとき,ふと,私自身浅い眠りから覚めた真夜中に同じような恐怖に襲われたことを思い出しました。

    さて,この物語はいったいどのような終わりを迎えるのでしょうか?

  短くてわかりやすく洗練された一文一文によって醸し出される村上春樹の世界を堪能してください。ただ相変わらず,ストーリーを理解するのは難しいですが・・・(了)。

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