弁護士中山の「私の一冊」

元気の出る痛快娯楽作品です (2011.8.25)

池井戸 潤  「下町ロケット」 小学館

 

  読者の皆様お久しぶりです。6ヶ月の充電期間を経ての執筆です。あれから6ヶ月の間に,いろいろ何かあったわけもなく,変わらずその日暮らしをしていました。

  動きがあったといえば,現在,私の一冊はラジオ出演しています。ことの次第は以下のとおりです。

  私は毎朝ジム通いをしているのですが,ジムでマシン相手に走るときは,マシンの書見台に本を載せて,走りながら読書しています。休憩を挟んで1時間は走りますので,ハードカバーで100頁くらいは読めます。ジムの朝は大体いつもの変わらないメンバーがいますが,私は人見知りするので,誰とも言葉を交わすこともなく,この2年間特に誰ともお話しする機会もなく,たくさんの本を読んできました。そんなある朝のこと,顔を合わせば挨拶程度を交わす仲の70を超えたと思われるいつもの白髪のお洒落なおじいさんから声を掛けていただいたのでした。「何を読んでいるんですか」と・・・。当然,読書談義がはじまり,話しのついでに私のこのコラムのことをお話ししましたところ,それも見ていただいて,話に花が咲きます。そのおじいさんがおっしゃるには,「私の番組に出てみませんか」と,えっ,???。ちなみに職業として私が属しているのは法曹界です。そのおじいさんは地元放送界に属し,師匠と呼ばれてかの有名な,栗田善成さんだったのです。知らなかった非礼をお許しくだされということで「はい,いいですよ。」と,こんなひょんな縁でラジオに進出です。  番組は,KBCの平日お昼12時からオンエアされている「まいど栗田商店です」。私は,隔週木曜日の12時半過ぎくらいから約10分間の枠で生出演しています。「本日の棚卸し」という枠ですが,その名も「弁護士中山の私の一冊」です。次のオンエアで4回目ですが,明日8月25日の12時半過ぎくらいからです。いつ打ち切りになるのか全く未定ですが,趣味で出演しているものですので何ら問題ありません。お暇のある方は,是非どうぞ。

  さて作品です。本作品は第145回の直木賞を受賞しました。

  文学賞にはほかに,純文学の新人に与えられる芥川賞をはじめとして,サスペンスの登竜門である江戸川乱歩賞やらいろんな賞があります。直木賞は,43歳という若さでなくなった直木三十五という作家を記念して,1935年,当時,親交の深かった文芸春秋の社長菊池寛が芥川賞とともに設けた文学賞です。現在は,年に2回,中堅作家の大衆作品の中から最優秀を選考して受賞し,正賞として懐中時計,副賞として賞金100万円が送られます。この賞の特徴としては,作家による応募形式ではなく,既に発表されている作品の中から,候補作品が出版社により選出され,これを9名の名のある作家さん(浅田次郎,伊集院静,宮部みゆき,林真理子,渡辺淳一ら)からなる選考委員会によって選出するということです。そして,栄えあるノミネート作品の作家さんは受賞決定当日,一日千秋の想いで,出版社の担当者とともに,当落の結果の連絡をひたすら待たなければなりません。受かれば天国で祝勝会気分で飲み歩きですが,滑ったら滑ったで残念会で酔いつぶれです。何度もノミネートされては落ちるという経験を繰り返すと,その過程が嫌で嫌で,俺はもう直木賞なんて要らないというというのであれば,はなからノミネートされるのを辞退することができます。過去ではあの映画化もされた「ゴールデンスランバー」の伊坂幸太郎さんが辞退していることで有名ですね。

  ところで「下町ロケット」の作者の池井戸さんは凄いですよ。慶応大学卒業後,都市銀行に勤務,転じて経営コンサルタントの傍ら,作家を志望して98年に銀行小説である「果つる底なき」でいきなり江戸川乱歩賞受賞で,作家デビュー。その後,いわゆるゼネコンの談合を扱った「鉄の骨」で吉川英治文学新人賞まで受賞します。今回の直木賞で名実ともに実力派流行作家の仲間入りです。

  下町ロケットです。ストーリーはこうです。その名のとおりロケット,宇宙ロケットを作るんです。主人公は下町の町工場佃製作所の社長佃航平です。航平はもと,国のロケット開発プロジェクトにエンジン開発の技術者として携わっていました。ところが,100億円をかけた種子島宇宙センターでの実験衛星打ち上げに失敗,その責任を取って職を辞し,東京の下町で町工場を経営する父親の跡を継ぐことになります。佃製作所,資本金3000万円,従業員200名,年商100億の町工場とはいえ,精巧な技術力を持って小型エンジンとその関連部品を製作していました。ところが,巨大企業ナカシマ工業から特許訴訟を吹っ掛けられます。佃製作所のエンジンがナカシマの特許権を侵害しており,90億円もの損害賠償を求められたのです。訴訟に巻き込まれる中,エンジン関連の売り上げは落ち込み経営危機に陥ります。しかし,実はこの訴訟にはウラがあったのです。その真の狙いとはなんなのか,巨大企業とその顧問弁護士が組んで仕掛けるダーティーかつ巧妙な手口には,本当にこんなのありかと興味深いものがあります。対する佃製作所も守るだけではありません,特許専門弁護士を立てて,逆に訴訟を起こし,訴訟合戦の様を呈します。まずはこの訴訟の顛末だけでも十分楽しめます。

  さて,そんななか,国から民間委託を受け大型ロケットの製造開発を一手に引き受けていた帝国重工業が開発するロケット部品であるエンジンバルブのノウハウが,既に航平が開発した特許として登録されていたことが判明します。つまり,帝国のロケットは航平の特許がなければ飛ばないのです。帝国重工業は,佃製作所のちっぽけなエンジンバルブの特許権に20億円の値を付けて譲渡の申し入れをします。航平は,会社の窮地のなか,その建て直しのため,これを受け容れるのか。この巨額のオファーを巡り,佃製作所は賛否両論,ちょっとした内部紛糾が起こります。そして,やがて会社にも幸運の女神が微笑みます。

   果たして,航平の夢を乗せた帝国重工業の国産大型ロケットは飛ぶのか。打ち上げはまた失敗してしまうのか。ストーリーの展開が小気味よく,例えば,それまで佃製作所の経理状況に不安を示し,融資を断っていた銀行が,一転して融資を持ちかけて来るのを,逆に航平が一蹴してしまうシーンなんてのは痛快の一言です。ついつい引き込まれてしまいます。

  なお,本作品は,WOWOWで連続ドラマ化しており,全5回で去る8月21日の日曜に第1回が放映されています。キャスティングは,主役佃製作所の社長が三上博史で,対する帝国重工業の開発部長に渡辺篤郎,佃製作所をバックアップする特許弁護士に寺島しのぶです。

  東日本大震災後,落ち込んでいる中小企業に夢を与えるドラマ,オススメの一冊です。

過去のコラム

(38) 現代の偉人の資質とは?
「佐野眞一 あんぽん-孫正義伝 小学館」 (2012.5.1)

(37) 人類はいつ突然変異するのか
「高野和明 ジェノサイド 角川書店」 (2012.4.17)

(36) 武士の本分とは
「葉室 麟 蜩ノ記 詳伝社」 (2012.4.16)

(35) こんな弁護士ってありですか
「法坂一広 弁護士探偵物語・天使の分け前」 (2012.3.6)

(34) 自閉を知ろう
「赤崎久美【ちづる】娘と私の幸せな人生」 (2012.3.1)

(33) 大人の流儀はユーモアいっぱい
「伊集院 静 大人の流儀,続大人の流儀」 (2012.1.25)

(32) 「将来」と「未来」の意味の違いを考えたことありますか?
「福井晴敏 震災後」 (2012.1.19)

(31) 日本にもアメリカンドリームを掴む時代がありました。
「渡辺房男 儲けすぎた男,小説安田善次郎」 (2012.1.12)

(30) 世界史を勉強してみませんか?
「川北 稔 砂糖の世界史」 (2011.10.26)

(29) 元気の出る痛快娯楽作品です
「池井戸 潤  下町ロケット」 (2011.8.25)

(28) ハードボイルドミステリー,極上の娯楽作品です
「スティーヴン・ハンター蘇るスナイパー(上)(下)」 (2011.2.15)

(27) 縁切寺の正しい利用方法
「井上ひさし 東慶寺花だより」 (2011.1.31)

(番外編) 「財界九州」企業法務座談会 (2011.1.25)

(26) 2010年,私はこんな本を読みました (2011.1.24)

(25) あなたにとって「眠り」とは?
「村上春樹 ねむり」 (2010.12.27)

(番外編) スコットランドゴルフ紀行(7)
中山栄治 (2010.12.20)

(番外編) スコットランドゴルフ紀行(6)
中山栄治 (2010.12.13)

(番外編) スコットランドゴルフ紀行(5)
中山栄治 (2010.12.06)

(番外編) スコットランドゴルフ紀行(4)
中山栄治 (2010.11.29)

(番外編) スコットランドゴルフ紀行(3)
中山栄治 (2010.11.22)

(番外編) スコットランドゴルフ紀行(2)
中山栄治 (2010.11.15)

(番外編) スコットランドゴルフ紀行(1)
中山栄治 (2010.11.08)

(24) 何が秘密だったのか
「東野圭吾 秘密」 (2010.11.01)

(23) 限りある水を大切に!
「真保裕一 ブルー・ゴールド」 (2010.10.25)

(22) やっぱりハードボイルド
「東直己 残光」 (2010.10.18)

(番外編) 司法修習生は
「私の一冊」を読まなかったのか「吉田修一 悪人」 (2010.10.08)

(21) ズバリ,山岳冒険小説です
「樋口明雄 狼は瞑(ねむ)らない」 (2010.10.04)

(20) 刎頸(ふんけい)の友
「百田尚樹 影法師」 (2010.9.27)

(19) 史説のウソ,ホント
「鯨統一郎  邪馬台国はどこですか?」 (2010.9.20)

(18) J・F・Kといえば?
「伊坂幸太郎 ゴールデンスランバー」 (2010.9.13)

(17) ありえないサイコな先生
「貴志祐介 悪の教典」 (2010.9.06)

(16) 新説巌流島,その後の武蔵
「加藤廣 求天記 宮本武蔵正伝」 (2010.8.30)

(15) 「 出会い系サイト」は「 悪人」か
「吉田修一 悪人」 (2010.8.23)

(14) えっ,本当にあった日本人のアマゾン移民計画
「垣根涼介 ワイルド・ソウル」 (2010.8.16)

(13) 我々ヒトは皆アフリカ人だった
「松本仁一 アフリカを食べる アフリカで寝る」 (2010.8.09)

(12) 政治に関心ありますか?
「津本陽 異形の将軍 田中角栄の生涯」 (2010.8.02)

(11) いつか,こうへい
「つかこうへい 蒲田行進曲」 (2010.7.26)

(10) 自然と生きる
「久保俊治 羆撃ち(くまうち)」 (2010.7.19)

(9) お誕生日は体育の日?
「奥田英朗 オリンピックの身代金」 (2010.7.12)

(8) 究極の賭け事とは
「渡辺房男 命に値段つけます」 (2010.7.05)

(7) 何かを忘れるということ
「荻原浩 明日の記憶」 (2010.6.28)

(6) ツール・ド・フランスを観戦しよう
「近藤史恵 サクリファイス」 (2010.6.21)

(5) 時間を超える純愛って?
「佐藤正午 Y」 (2010.6.14)

(4) 料理に身を尽くす
「高田郁 八朔の雪」「花散らしの雨」「想い雲」 (2010.6.7)

(3) 「今」とは,一体いつのことなんだろう,なんて考えたことありますか。
「冲方丁 天地明察」 (2010.5.31)

(2) 読書して涙しますか?
「大崎善生 アジアンタムブルー」(2010.5.24)

(1) ハードボイルド読んでみませんか
「藤原伊織 ひまわりの祝祭」(2010.5.17)

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