弁護士中山の「私の一冊」

究極の賭け事とは (2010.7.05)

渡辺 房男 「命に値段つけます」実業之日本社

 

  麻雀,ゴルフにパチンコ,スロットと巷では実に賭け事が横行しています。賭け事は,法律により原則として禁止されており,刑法によれば,単純賭博罪は50万円以下の罰金または科料となっています。これに常習性が加われば3年以下の懲役とされ,賭博の胴元も同罪です。ただし,一時の娯楽に供すべきもの(飲食物や景品等)やその対価(例えば飲食の費用)を負担さるに過ぎない場合は,罪とはなりません。また,パチンコは貸し玉を直接金銭に交換するのではなくて,一旦景品に交換してそれを業者に買い取ってもらうという方法をとることにより,賭博とはならないのです。

  ところで,賭博罪が罰せられるゆえんは,国民の射幸心を増長させ,正当な労働意欲を低下させ,ひいては健全な経済倫理を麻痺させることを防ぐことにあるとされています。しかしながら,しっかり賭博であっても,自治体が運営している競馬,競輪,競艇,オートレースなどは,財政上の理由から国が公認しており,罪とはなりません。だから,カジノも,自治体が主体となって国の公認を受ければ合法的に設置可能となるのです。このあたりが,一般人には腑に落ちないところです。いっそドイツのように単純賭博が罪とされていない国もあるのです。だからこそ,我が国では賭博が横行していても,警察は,少額なものについては目をつぶり取締を緩やかにしているというのが実情なのです。

  その昔,プロ野球界を震撼させた暴力団絡みの八百長賭博疑惑事件(黒い霧事件)は,多くの野球選手がプロ野球機構から懲罰を受け,一部は厳しく永久追放となりました。今般の相撲界の問題も十分これに匹敵するもので,一定の懲罰を受けて然るべきなのです。金額的に見ても,庶民からすれば,信じられない額というほかありません。

  さて今回は,皆さんよくご存じの生命保険のお話しです。よくよく考えてみると,生命保険は一定の期間内に被保険者が死亡すれば一定の保険金が出るということですから,これはもう究極の賭博と言えるのではないでしょうか?

  日本での本格的な生命保険事業は,明治初期の明治生命の創立に始まります。これは幕末に欧米諸国を尋ね,彼の地の進んだ経済原理を学んだ福沢諭吉とその門下生による功績だといわれています。ちなみに,欧米ではこれに先立つ100年前に始まっていたそうです。

  本書は,日本の生命保険の黎明期に,統計学と確率論を背景にした本格的な保険事業の傍ら,全国に多数設立された少ない掛金と保険金で運営された助け合い保険とも言うべきものをテーマにした歴史小説です。以下ご紹介します。

  江戸改め東京両国橋の質屋角田小太郎は,知己の巡査の殉職を契機に,その幼子を抱える遺族の暗い将来に心を痛めます。殉職した巡査の月俸は10円でしたが,遺族にはお上から弔祭料として30円,一時金として100円が支給されます。しかし,残された遺族には1年分の生活費にもなりません。そんなとき,安田財閥の始祖安田善治郎がはじめたという人命保険の存在を知ります。曰く,「人命保険というのは,多数の人の命を拾い集め・・・その命を一つの大きな力(金)にする・・・生きている間に小金を出し合って,金を貯めて大きな金にしておく。そして,金を出した人が死んだときに集められた金が残された後家さんや子どもに手渡されるようするっていう寸法だ。」

  しかし,当初,共済五百名社と名付けられた人命保険の加入者は,東京在住の資産家500名に絞られており,加入金6円,お助け金1000円とされていました。お金はあっても質屋風情の小太郎では加入を許されません。そこで,小太郎は質屋を辞め,安い掛金で誰もが入ることが出来る人命保険の結社「友愛一銭社」を立ち上げようと決意します。加入金一口1円,掛金月1銭,死亡救助金75円。健全運営のためには1万人の加入者を確保しなくてはなりません。ちなみに幕末の1両が明治になって1円と交換され,100銭が1円,当時,もりそばが1銭の時代です。そこから計算すると1円は現在の貨幣価値で約3万円程度でしょうか。

  ところが,加入者はなかなか集まりません。宵越しの金は持たない江戸っ子には,「自分が死んだ後まで他人の面倒なんかみられるもんか」と死後の遺族に対する備えという意識が欠落しているのです。一方,明治生命や帝国生命がスタートします。小太郎は,同社らが統計学をもとに,平均寿命から掛金と保険金を定めることにより経営の安定を図っていることを知ります。また,人命保険の名を借りた資金集め詐欺も横行します・・・。結局,小太郎の「助け合い保険」は統計学の数理的基礎を欠いていたために,安定した経済的基盤を保持することが出来ずに,明治生命を初めとする正統的生命保険会社に淘汰されることになります。ただ,小太郎のこうした活動は,庶民の生と死に対する考え方や家族への熱い思いを動かすこととなり,生命保険そのものの発展に寄与したことを否定することは出来ません。 本書は,生命保険の歴史的発展を垣間見ることができ,読むだけでとても勉強になりました。賭けは掛けでも,生命保険には加入しておきたいモンですよね。

  作者は44年山梨県甲府市生まれ,東大卒,NHKディレクターを経て99年「桜田門外十万坪」で歴史文学賞受賞。歴史時代小説物を手がけ,「ゲルマン紙幣一億円」「円を創った男 小説大隈重信」もかなりオモシロイ(了)。

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(9) お誕生日は体育の日?
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(8) 究極の賭け事とは
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(1) ハードボイルド読んでみませんか
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