弁護士中山の「私の一冊」

お誕生日は体育の日? (2010.7.12)

奥田 英朗 「オリンピックの身代金」角川書店

 

  しばらくスポーツはサッカーで盛り上がっていましたが,皆さん,体育の日と言えば10月10日ですよね。それが勝手に10月の第2月曜日に変更されているではないですか。しかも,連休を増やすためとはいえ,手の込んだことに大真面目に法律改正(国民の祝日に関する法律)までして。平成19年にこの法改正が施行されるまでは,私に「ねえ,誕生日はいつ?」と聞かれれば,「えっと,10月10日だけど。」「へええ,体育の日じゃん。」という心地よい会話がなされていたのです。それが,もの心付いてこの方ずっとずっと「体育の日生まれだった中山君」は,なんと国会の法改正決議によって「体育の日生まれの中山君」ではなくなってしまったのです。確かに,子どもの頃から,誕生日なのに学校はいつも休みで,級友から誕生日当日に,おめでとうの言葉をもらえずに寂しい想いをしました。まあ,休みでなくても言われなかったのではと,反論されれば自信ありませんが。でも「さすがは体育の日生まれだね。」とか言われるのは,気恥ずかしくも何と誇らしい気分であったことか。もちろん,これから先も何年かに一度は,偶々10月10日が第2月曜になることもないではありません。でも寂しいものは寂しい,と本気で憤っていたのです。関係ないですが,前記法改正の国会決議に参加されたであろう菅直人首相は,出身が宇部市,生まれた日が10月10日,いずれも私と同じです。はい,だからなんということもない,ただそれだけです。  

  ところで,体育の日は,昭和39年からはじまりました。東京モノレール,東海道新幹線もこの年に開通。当時,日本一の高層ビルホテルニューオータニも開業。テレビジョンのカラー放映もそう。新聞のテレビ欄に四角でカラーと囲んだのがカラー放映なんですよね。ひところのハイビジョン放送みたいに。カラーテレビ受信機は,家具調でとても高価で3ヶ月分の給料でも手が届かなかったといいます。自動車はトヨペットクラウンとか,ホンダS600とか。あたりは田園風景で,まだ信号機や車の少なかった道路は,泥道かよくて砂利道で,国道と名が付いても舗装されていなかったのもありました。そして真打ち,昭和39年と言えば,国家の威信を賭けた重大事である東京オリンピックの開催の年です。オリンピック,この開催こそが,あらゆることを39年に間に合わせた所以なのです。もちろん,代々木国立競技場でのオリンピック開会式は10月10日。当日,私は5歳の誕生日を迎え,おぼろげながら,カラー放映された開会式入場行進の模様を覚えています。

  ということで,今回ご紹介するのはサスペンス大作「オリンピックの身代金」です。作者は言わずと知れた流行作家さん。私と同じ歳で岐阜生まれ,地元高校卒。雑誌編集者,コピーライターを経て97年ジョン・レノンと小野ヨーコ夫婦をモデルに創作した「ウランバーナの森」でデビュー,01年「邪魔」で大藪春彦賞,04年「空中ブランコ」で直木賞。07年「家日和」で柴田練三郎賞。いま彼が新作を発表すれば何でも売れてしまいます。「イン・ザ・プール」これに続く「空中ブランコ」は精神科医伊良部のキャラクターがとても楽しくて,続編を期待しています。作品の多くは,テレビ化,映画化されています。なお,本作品は09年吉川英治文学賞。

  さて,内容紹介です。作品は,オリンピック開催を妨害すべく爆弾テロリストに化した島崎国男と警備を担当する警視庁との緻密な攻防について描かれたものです。東京オリンピックを,戦後日本の国際社会への進出と捉え,威信を賭け絶対に成功させようとする国家。これを戦後最大のイベントとして歓迎かつ狂喜する国民。オリンピック開催を目前に高速道路,競技場などの関係施設の工事は,その完成が最優先事項とされ,急ピッチで進められなければなりません。工事現場での肉体労働の担い手は,主として出稼ぎ労働者です。田舎の町役場には「でかせぎ課」があった時代です。寝食ともにする飯場生活での過酷な環境下にあって,労働基準法は守られるはずもありません。度重なる残業を事実上強要され,食事と睡眠を除く1日16時間もの労働を強いられていた島崎の兄は,ヒロポン死を遂げます。急報を聞き,兄の実情を知った島崎は自らの研究に疑問を感じます。島崎は東大大学院でマルクスを研究していたのです。島崎は自ら,兄と同じ過酷な環境下で労働し,ヒロポン中毒に身を落とします。そして悟ります。「奴隷を解放したのは,奴隷側のリーダーではなく,知識階級層或いは有産階級の中から生まれた異分子,或いはテロリストたちであると・・・」。テロリストと化し,連続爆弾事件を仕掛ける島崎。警察とのイタチごっこ。遂に警察当局は,地道に重ねた捜査線上に島崎を捉え,次第に追いつめていきます。国立競技場を開会式当日に爆破することを予告し,身代金として8000万円を要求する島崎。攻防は如何に・・・。島崎と彼を取り巻く人物が丁寧に描写されて,味わい深いものに仕上がっています。また,時代は昭和中期,昭和を経験された読者にとって,力道山の刺殺死,Ya!Ya!Ya!ビートルズ来日,銀座の若大将加山雄三,シャボン玉ホリデーのザ・ピーナッツ・・・すべてが懐かし過ぎてそれだけで感動です。加えて息つくサスペンス。どうぞ懐かしんで堪能してください(了)。

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